不安な夜~第十六話~




 敦賀さんは溜息を吐く毎に覇気が薄くなっていっているような気がするわ。ちらりと社さんを見れば、担当俳優が萎れていく様を心配そうに見ている。
 ここ数年、頻繁に耳にするようになった敦賀さんに関する業界内の噂。
 女優やタレントやアイドルやらモデルやらが口にするのは、『敦賀さんて本当にフェミニストよね。あんな素うどんを口説くなんてボランティアして』というもの。自分達の方が余程厚化粧してそれでもキョーコの足元にも及ばない癖に自惚れてる人達に限ってそう言う。
 メイクやスタイリストでキョーコと仕事をした事のある人達は、『流石は敦賀君よね。見る目あるわぁ』なんて敦賀さんの株が上がってる。
 男性陣は『京子を選んだのか、敦賀君。光源氏計画でもする心算なんかな』なんて好色な事言ってるのも聞いた事あるわね。
 芸能人として表に出ている男性で京子に好意を持っている男共も多いけど、『敦賀 蓮を向こうに回して張り合える自信はないよ』と溜息の嵐らしいわね。
 尤も不破のバカは未だに『キョーコは俺のものだ』とか言ってるらしいけど、まともに耳を貸すのはあのバカの周囲のバカ女だけみたいだし。最近じゃあのバカが公言する姿を目にした業界人は、あの男を不信の目で見てる。当然よね。恋人でもないのに自分の物呼ばわりって、所有物扱いって事だもの。京子にちょっかい出す不破は、すっかりストーカーだと認識されて、スタッフは京子を守る体制を作っているのに、不破も彼のマネージャーも未だに気付かないんだから呆れるわね。
 敦賀さんが京子を口説いてる噂は蔓延っているのに、ストーカー扱いされないのって、キョーコがスルーするのと、敦賀さんが人目を気にせず口説くものの、強引な行動に出ない事も影響してるみたいよね。聞いた話じゃ、敦賀さんは本当にキョーコを大事にしてるみたいだったのよね。キョーコが自分を大事にしない現場に居合わせたりすると説教が始まるらしいし、一々尤もな事を言うらしい。何回説教されてもキョーコは自己卑下がいつまで経っても治らない。本気で相手の言葉を聞いていない証拠なのよね。キョーコは敦賀さんや社さんの評価をお世辞だと受け取るのよね。未熟者を励ます為にお世辞を言っているだけだ、と受け取っていて、ちっとも本気で褒められてると思わない。厳しい事とか叱られた事とかは本気で受け取るみたいなのに。

「敦賀さんに限らず、男性から貰う容姿に対する賛辞は、キョーコはお世辞と決めてかかってますよね」

 ふと、敦賀さんの纏う雰囲気が変わった。背中がゾクゾクするほど怖い空気が流れてきた。

「れれれ、蓮?」

 社さんが慌てて震えている。これは、怯えているのよね。敦賀さんの傍にいて慣れている筈の社さんが、本当に蒼い顔をしている。

「最上さんの自己否定は、不破の所為だよね」

 暗い地の底から響いてくるような声で、敦賀さんが呟いた。

「………それは、そうですね」
「だよね」

 社さんも深い溜息を吐いている。

「キョーコのあの思い込みって、不破に言われた言葉を受け入れているって事ですよね?」
「信じているから受け入れるわけだよね」

 どうして自分に酷い仕打ちをした奴の言葉に縛られているんだろう、あの娘は。最近不破への復讐を口にしなくなったけど、口に出さなくなったからって、不破の存在を眼中から外したわけじゃないんだわ。

「幼馴染って、そんなに深い繋がりなのかしら?」

 何気なしに呟いたら、敦賀さんが無表情になった。胸元にある手がきつく握られて震えている。あら、白くなってるわ。相当我慢してるのねぇ。でも、こんな事で腹立てるくらいなら、さっさとキョーコに告白しちゃえば良いのにねぇ。まぁ、さっきの話だと、敦賀さんが告白しようとするとキョーコに遮られるらしいから、したくても出来ないみたいなんだけどね。

「私に言わせれば、キョーコの復讐って何をして復讐だっていう心算なのかしらと思うんですけどね」
「「何をして復讐?」」

 異口同音で疑問が返ってきたわね。

「だってそうじゃありません? 不破に『お前みたいで地味で色気のない女が俺と同等でいらっると思うなよ。出来るものならここまで来てみろ』とか言われたからって芸能界に入ったとして、ですよ?」

 不破の暴言に敦賀さんが眉を顰めてる。私が言ったわけじゃないし、キョーコを地味だの色気がないだの思ってないんだからね。

「違うジャンルを選んでいるのに勝ったの負けたのが成立するわけないじゃないですか。その辺は最初から疑問だったんですよ、私は」

 女優にあるまじき顔になっているだろうけど、眉間に皺が寄るのはどうしようもないわよね。この場合。敦賀さんが本気で怖いし、キョーコを縛り付けてるあの馬鹿男は憎いし、バカ男の言葉に囚われてるキョーコはもどかしいし!
  
 
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