不安な夜~第十五話~




 ラブミー部員1号だから、恋愛感情を排除したがるとは思ってたけど、俺の気持ちまで否定する最上さんに、本気で凹んできた。先輩として好かれているんだと思うけど、でも尊敬を通り越して崇拝とか持ち出しているから、俺が『男』として目の前に立つのは余程嫌って事なんだろうか?

「れ、蓮っ! 大丈夫だっ! キョーコちゃんがお前を嫌うなんて、そんな筈ないだろうっ!」
「そ、そうですよっ! と、兎に角、キョーコの誤解を解かないとっ!」
「最上さんの誤解はつまり、俺が好きな人が最上さん以外にいるって事?」
「そうですよ」
「どうやって?」
「それは……」
「以前、偶然立ち聞きした事あるんだけどね……」

 俺は思い出すだけで胸が痛む過去を振り返る。

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 それは、俺が形振り構っていられなくなり、最上さんが俺のネーム・バリューなどでは潰されなくなったと見越して、社長の了解を捥ぎ取って本気でアプローチを始めて間もない頃だった。モデルや女優の中には『京子』を認めない人がいたものの、スタッフに至っては男女を問わず『京子』が高く評価されていた。マスコミやファンの前でこそ控えていたが、俺は仕事の合間の休憩時間やクルーの交流の場では、最上さんを特別扱いする行為を赤裸様にしていたから、あまり鋭くない人でも俺の気持ちに気付いていた。女性には優しくというのは基本に叩き込まれた行動基準だから、他の女性に乱暴な態度を取るという事こそしなかったが、食事やお茶に誘うのは最上さんだけだと、周囲はすぐに気付いた。

『どうして京子ちゃんは敦賀さんの気持ちを無視するの?』
『ええっ!? そんな……。無視なんてしてませんよ? 大先輩に対してそんな失礼な事するわけないじゃないですか』
『大先輩って……。京子ちゃんの言い方って、まるで敦賀さんが芸歴数十年のベテランみたいね』
『え、だって、私みたいなペーペーから見たら、敦賀さんは人気実力共に併せ持った大先輩ですし』 
『あらぁ、そんな事、関係ないじゃない。敦賀さんの気持ちは……『私は、敦賀さんを先輩として尊敬してますし、あの演技力とプロ意識を崇拝してるんです! 私の目指す生き神様なんです!』……神様、ね……』

 スタッフだったらしい相手の女性は、深い溜息を吐いて最上さんとの会話を諦めたようだった。


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「「………」」

 俺の話を聞いた琴南さんと社さんは、唖然としていたが、ちらりとお互いを見遣り視線を逸らした。

「崇拝……神様……」
「既に人外扱いされてるのか……」

 二人は小声で呟き、深い溜息を同時に吐いた。

「どうしてそこまで対象外に祭り上げられなければならないのか、教えて欲しいのは俺の方なんだけどね?」

 俺も、初めの内、自分の気持ちを認めたくないのや、告白する気がなかったのとかで、気持ちを誤魔化していたからね。
 ああ、でも、琴南さんから聞いた話からすると、俺が怖がらせない為に呑み込んだ言葉を、最上さんは否定的に解釈したって事なんだな。
 彼女の自己否定は、母親に愛された記憶のない者特有の反応だ。世界中が敵に回っても唯一味方してくれる存在が母親という公式があるから、その母親に愛されない自分を否定する。昨今、躾と称して我が子を虐待して挙句殺してしまう親がいる現状で考えれば、結果として劣悪な環境を与える事になったものの、育てる気のない自分ではなく不破の家に最上さんを預けた母親の対応は、まともではないが、マシ、なのだろうな。それに、本当に母親に愛された事がないとしたら、最上さんのパワーってどこから来ているのだろう? 確かかなり負けん気が強かったはず。最上さんの記憶にないだけで、本当に物心つく前は、愛されていたのではないのかな?

「琴南さん?」
「なんでしょう?」

 声を改めた俺に、琴南さんの姿勢も延びる。反射神経が良いよね。

「最上さんて、思われる事には疎いけど、他人の事ならそれなりに鋭いとこなかったっけ?」
「ああ、そういえば、それなりに……」

 語尾がごにょごにょと聞き取り難くなって微かに頬を染めた琴南さんの表情が見えた。何か、指摘されたとかかな?

「蓮? どうしてそう思うんだ?」

 社さんが不思議そうに訊いてくる。俺は開いたまま置いてある琴南さんの手帳を指差した。指摘したのは『 DM  敦賀さんが好きな人の存在を自覚(赤)   『4歳年下の高校生』(赤)の部分だ。

「これって最上さんが認識している事、なんだろう?」

 琴南さんに確認を取ると、琴南さんがこくりと頷いた。

「つまり、最上さんは俺が自覚した頃には俺に好きな人がいると思ってた。しかも4歳年下の高校生だとまで知ってたわけだね」
「そ、そうです」

 琴南さんの目が泳いでるな。最上さんは何故俺に好きな人がいるって知ったんだろう。俺自身ですら自覚したばかりだったのに。

「で、その前に、代マネしてくれた時に俺が譫言で呼んだ『キョーコちゃん』が俺の好きな人だと思ってるわけだね」
「ですね。自分と同じ名前の別人だと思い込んでますね」

 溜息しか出ない。
  
 
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