不安な夜~第十二話~




 蓮は暫く考え込んでから、深い溜息を吐いて口を開いた。

「俺の本名とプロフィールは、両親と社長しか知らないトップ・シークレットなんだけど……」

 そう言って、チロリと琴南さんを流し見る。
 琴南さんは驚いて表情を動かした。
 赤裸様に伺える動揺に、蓮は微かに憂いを秘めた表情をして視線を遠くに向けた。

「『キョーコちゃん』の事は、彼らも知らないほどの、俺のトップ・シークレットなんだよね」

 おい、それって、お前しか知らないって事なんじゃ……。
 俺は内心青くなって琴南さんに視線を向けると、彼女も青い顔をしていた。
 つまり、蓮にとってはそれほど重要な秘密、という事で、それを共有する覚悟が俺達にあるかというと………。

「けっ……結構です!!! そこまで重大な秘密を敦賀さんと共有する気はありません!」

 琴南さんが慌てて口を開いた。琴南さんと俺の安堵の溜息が重なって大きく響く。冗談じゃないよ。そこまで重大な秘密を蓮と共有するなんて。いくら俺がマネージャーでも、お兄ちゃんを自認していても、踏み込んで良いテリトリーを越えているよ、そこまでとなると。況して琴南さんは、蓮の想い人の親友ではあるけれど、蓮と個人的に付き合う気はないみたいだから、そこまで踏み込みたくない筈だ。蓮はふと苦笑を浮かべた。

「ありがとう。いずれその事は最上さんには話すけど、他の人にはあまり話したくない事だから」
「……キョーコには、話す、と?」
「目標を達成したら、最上さんには本名明かす心算だから、その時にね」

 ん? 本名明かす時と『キョーコちゃん』て蓮が呼ぶ子供の頃に遊んだ相手が連係するのか? それって、キョーコちゃんがその『キョーコちゃん』だったりする、とか?ちらりと視線を向けると、キラキラ光の矢が刺さる笑顔を浮かべている蓮がいた。


 ブスッ! ブススッ!


 ……痛いんですけど、蓮君。
 解ったよ、詮索するなって事なんだろう?

「え~~っと、話を戻しましょうか」

 器用に光の矢を避けた琴南さんが無傷で口を開く。尊敬するよ、琴南さん。これだけの至近距離で、蓮の光の矢を避ける事が出来るなんて。

「つまり、キョーコが誤解している『自分と同じ名前の敦賀さんの好きな人』というのは、キョーコの認識間違い、という事ですね?」
「最上さんと同じ名前の別人という認識は間違っているよね。俺が好きなの最上さん本人だから」
「キョーコは無理矢理にでも誤認したいみたいですから、ね」

 蓮の周囲で『キョーコちゃん』て言ったらキョーコちゃんしかいないのに、蓮が普段『最上さん』と呼ぶから蓮が『キョーコちゃん』と呼ぶなら自分じゃないと思い込むなんて、もうこじ付けだよ、キョーコちゃん。

「キョーコが言うには、敦賀さんは『キョーコみたいな子供には手を出さない』と仰ったそうで」

 蓮~~~! お前そんな事言ったのかよ~~! 女の子はすぐに大人になるって言ったろう!?
 蓮は暫くの間眉を顰めて考え込み、ふと思い至ったという表情になった。

「もしかして、『DARK MOON』の打上げの時の事なのかな? あんまり無邪気に煽られたから少し本気モードになったら青くなってたから『君に手は出さないよ』って言った事あるから」
「? 君みたいな子供に、手は出さない、じゃなくて?」
「泣かれたら困るから、君に手は出さないよ、だったね」

 呑み込んだ言葉と読み取った言葉が食い違っていたわけか。

「どうして本音を言わなかったんですか?」
「今は、本気で口説いてるけど、最上さんは冗談にして受け取らないから逃げない。でもね? あの頃なら、本気で受け取ってくれた代わりに逃げ出して二度と近付いてくれなかったと思うよ?」

 苦み走った笑みを浮かべて蓮は視線を逸らした。
 最近、蓮はキョーコちゃんを遠目に見詰めてこんな笑みを浮かべる事が多くなった。敦賀 蓮が素で浮かべるキョーコちゃん言う処の神々スマイルはキョーコちゃんにしか向けられない。この切なそうな笑みは、近くにいながら距離を置くキョーコちゃんに向けられる笑みで、スタッフの女性陣が『切ない』と言って身悶えしている表情だ。
 キョーコちゃんの曲解ぶりの物凄さは、俺も傍で目にするから知っている。傍で見ていても解る。キョーコちゃんは、蓮の気持ちに気付いていないわけじゃない。本気だと受け取りたくないからこじつけて逃げているんだ。
 ふと、琴南さんを見ると、琴南さんは、何事か考え込んでいる。

「キョーコは、心の中では敦賀さんの気持ち、解っている訳ね。はっきり認めてしまうのが怖いから逃げてるだけで」
「怖いって、何が怖いんだ? 蓮が本気だって解れば……」
「最上さんは……」

 蓮が目を眇めて遠くへ視線をやる。

「母親に愛された記憶もなく、傍にいた不破に全力を傾けて想いを返して貰えなかったから、臆病になっているんだろうね。たった二人に、全力を傾けて返して貰えなかったから、他の人も同じだと思い込んでいるんだと思うよ」
「「母親に愛された記憶がない?」」

 異口同音になった俺と琴南さんに、蓮ははっとしたように視線を戻した。気不味そうに視線を彷徨わせてから、深い溜息を吐いた。
 不破の仕打ちは知っていたけど、母親に愛された記憶がない? 蓮はどうしてそこまでキョーコちゃんを知っているんだ?
  
 
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