不安な夜~第七話~




 最近めっきり顔を出す事の少なくなっていたキョーコが、ラブミー部室で淀んだ空気を発している姿に、久し振りにビビった。思わず芸能人にあるまじき反応をしてしまったじゃないの!
 よろめいて入り口に縋り付いた私にも気付く事なく、キョーコの纏う気配はどよ~んと言う擬音語が聞こえそうなほどだった。
 あまりの怪奇現象に腰が抜けるかと思ったじゃないの。
 クール・ビューティーを売りにしようと思っている私には致命的な失態だわ。
 ……いえ、我が身の修行不足よね。
 どこかのイケメン俳優みたいにキョーコバカではないけれど、キョーコの奇行に耐性が付いている私が、こんな事で一々驚いているのが問題なのよ。
 しっかりするのよ、私!
 小さく深呼吸をしてから、たった今部屋に入ってきたという表情を作る。

「久し振りね。キョーコ」

 私の声に顔を上げたキョーコの反応は、この娘にしては異常な物だった。

「あ、モー子さん。久し振り」

 小さく笑って力ない笑顔を浮かべただけだった。飛び付いてくるキョーコをひらりと躱す為に密かに蓄えていた力が空回りする。本気で異常事態だわ。

「キョーコ? 何かあったの?」

 先日不破に事務所から借りている携帯電話を壊されたと言って泣いていた時も、泣きながら抱き付いてきたこの娘が、落ち込んでますと顔に書いて私に笑みを向けるなんて一体何事なのよ?

「何か? ……解らないの」
「は?」
「何があったのか、解らないの。ずっと考えているんだけど、答えが出ないのよ」

 困惑しきったキョーコの表情には本当に力がなくて、怒りも悲しみもなくて、只管困惑が浮かんでいる。
 一体何があったらキョーコがこんな風になるっていうのかしら?

「あんた、時間は?」
「え、今日はもう上がりで、帰るだけなんだけど……」
「アタシも上がりよ。まだ早いから、久し振りにキョーコ、何か作ってよ。ダイエット中の私に害をなさない食事」

 ふっとキョーコの表情が明るくなる。

「勿論。リクエスト何かある?」
「美味しい和食。軽いものにしてよ?」
「了解しましたっ♪」

 途端に明るい表情で敬礼までしてくる。
 この反応は、この娘、ぐるぐる考えていた事を棚上げしたわね。
 でも、「何があったか解らない」なんて言って考え込んでいた事を、そのまま棚上げしてしまっていいのかしら?
 悩み事があっても、演技に関する事でなければ、仕事に支障をきたすような娘じゃないけど、何があったか解らないって事は、事態がどう動くか予想する事も出来ないって事よね?
 最近、不破絡みの事にはあまり感情を動かされる事の無くなったキョーコを、こんなに悩ませる事が出来る存在って言ったら……やっぱりあの人だけよね?
 最近あの人、人前でも構わずキョーコを口説いているって聞くけど、キョーコが曲解思考でスルーしてるって噂だし、キョーコに嫌われたくなくてあまり強引な事も出来なくて、キョーコはあの人の口説きを冗談だと受け取っているらしいし。
 ついに切れて強引な事をした?
 でもそれなら、この娘がこんなに困惑しきっているっていうのも……?
 一体何があったのかしら?



 最近漸く引っ越したセキュリティがそれなりに充実した私のマンションで、キョーコに夕食を作って貰って食事をした。
 私もそれなりだけど、キョーコは本当に忙しくなっていて、オフが重なる事なんて殆どなかったし、ラブミー部で顔を合わせる事も少なくなっていたから、気が付かなかったけど、何気ない話題の中に、敦賀さんが出て来ない。
 以前は何かというと、敦賀さんが話題に出て来たのに。
 この娘が思考の小箱に嵌っていたのは、もしかして敦賀さんの事で何かあったって事?
 考えていたって答えは出ないわ。
 ここは直接キョーコに訊くしかないわね。
  
 
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