不安な夜~第四話~





 演技の出来なかった新人女優の代役に最上さんが就いてから、撮影は順調に進んでいる。新人女優がリテイクを繰り返していたシーンも、最上さんはすらすらと熟す。
 演技中は、本気で俺にうっとりしているのかと思うのに、カットが掛かると忽ち後輩の顔に戻って俺やスタッフに気を使ういつもの最上さんになる。今までならそれでも後輩として俺の傍にいてくれた最上さんは、この撮影が始まってからこっち、お弁当を差し入れてくれる以外、俺に関わろうともしてくれなくなっている。あまりにもさり気なくて、誰も気付かないけど、社さんだけは流石に気付いたのか、心配そうに俺を見ている事がある。俺は出そうになる溜息をその都度呑み込んで、仕事に集中している顔をするしかなかった。
 撮影の進行は、大まかには脚本通りに進められている。新人女優のテンションに合わせて組まれたスケジュールだからだけど、俺も最上さんも、シーン毎に演技を切り替えられるタイプだから、とスケジュールが組み直された。
 リテイクの為に撮影が進まなかった校内の撮影は、他の出演者のスケジュールを調整し直さなくてはならず、ヒロイン・佳織のアルバイト先の撮影を纏めて先に撮ってしまう事になった。放送開始までの間に、その一日しか共演者のスケジュールが確保できなかったのもある。

「二人が出くわすシーンは夜だから、先に店内のシーンから撮るよ」

 監督が丸めた脚本で肩を叩きながら話す。

「里美さん、おねぇ言葉で色っぽく喋って下さいよ。でも艶っぽくならないように。オトコマエな〝ママ”を宜しくお願いします」

「了解」

 監督のかなり無茶苦茶な注文に、苦笑しながら着物を整える先輩俳優には頭が下がる。どんなふうに演じたら監督の納得のいく演技になるんだろう。

「益田さん。格好は女全開で、しなとかも作っちゃってください。媚はなしで」

「はぁい」

 こちらも難しい注文だと思うが、先輩女優は明るく手を振っている。

「京子さんは男装の少女ね。女じゃなくて少女だから、その辺よろしく」

「は、はいっ」

 最上さんは緊張しながらも視線を真っ直ぐ上げて立ち位置に着く。

「敦賀君は一番色気垂れ流して。恭司は佳織を軽~く口説く。カメラテストから行くぞ」

 それぞれの立ち位置に着いてスタートの合図を待つ。カチンコガ鳴って、途端に最上さんの空気が変わる。俺も負けてはいられない。

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劇中劇

「こちら、佳織ちゃんの担任の先生なんですって?」

 いい男ねぇ、とママの真琴が嬉しそうに言う。

「アタシもこんな素敵な先生に教わりたかったわぁ」

 豊満な胸をちらりと見せながらホステスの絵里が恭司に笑い掛ける。二人の褒め言葉ににっこりと嘘くさい笑みを返しながら、恭司は口を開く。

「ありがとう。藤森が校則違反のアルバイトを、それも夜の水商売の店でやっているとは思いもしなかったから驚いたが」
「あらっ! でもね、先生。アタシ達だって佳織ちゃんが未成年なのは承知しているし、接客はさせないわよ。うちはこんな場末だけど、お客さんの質は悪くないしね。その辺は保証するわ」

 恭司以外に客がいない為、身内の話をしてしまっている。佳織は黙ってグラスを磨いたり洗い物をしたりしている。そんな佳織をじっと見ている恭司の視線に気付いたママが、にっこり笑う。

「だ~いじょうぶよ~、センセー。ご心配なら毎晩通ってちょうだいな」
「ちょっ、真琴ママ!」

 驚いて声を上げる佳織に、ママは恭司にウィンクを送りながら言う。

「佳織ちゃんの様子も見られるし、センセーみたいないい男が通ってくれたらお客も増えるから、佳織ちゃんのバイト代もアップできるわ。センセーが佳織ちゃん目当てで通っているとなれば、佳織ちゃんに粉掛けようとする奴もいなくなるでしょうしね」

 ママの言葉に、佳織は困惑して恭司を見遣る。恭司の目がきらりと光ったような気が、した。

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「カーット!」

 緊張に包まれていた場が、一瞬で和む。

「おーっ! 流石は里美さんだねぇ。注文通りだ。その調子で頼むよ。益田さんも良い感じだけど、恭司には色目使っちゃ駄目だよ~。あくまでも可愛い佳織を口説いてるセンセーって見守る目でよろしくね」
「はぁい★ 敦賀君ていい男だから、つい見惚れちゃうのよ~」
「こらこら★ その所為でヒロイン交替してるんだから、これ以上は御免だよ。京子ちゃんみたいに敦賀君に見惚れずに演技できる女優は少ないんだから。益田さん、プロ根性で頼むよ」

 どっと笑いが起こる。最上さんが戸惑って周囲に視線を走らせている。視線が合い、俺は苦笑して肩を竦めてみせる。最上さんの戸惑いが深くなったのが解るが、それに乗じて質問する為に俺に近付く素振りも見せない。本当に避けられている。
 最上さんに避けられてはいるものの、〝恭司”は遠慮なく〝佳織”を口説く役だし、スキンシップも存分にする。その所為か、俺が休憩時間に今までのように最上さんと一緒にいないのに、周りのスタッフは、俺が最上さんに近付く事すら出来ずにいる事に気付いていないようだ。
 現場の空気は、敦賀 蓮が京子をそれとなく口説き、それを京子が見事にスルーするのが自然と思っている。
 不自然な空気が流れると、現場の雰囲気に関わるから最上さんもさりげなく避けているのだろう。俺と社さん以外は気付かない程度に、最上さんの態度はさり気ない。
 脚本の内容も効果があるのだろう。
 撮影で、恭司(俺)が佳織(最上さん)を口説きまくるから、休憩時間に俺と最上さんが殆ど会話を交わしていなくとも、俺と最上さんが近くにいるという錯覚を周囲が起こしているようだ。
 これはいよいよ最上さんに本格的に避けられているという事だ。
 でも、それが判明したところで、俺に何が出来るだろう?
 脚本の中の風間恭司の表の人格みたいだ。
 教師だから、自分の気持ちを自覚すらしていない風間。
 先輩という立場に縛られて、最上さんへの想いをはっきり伝えられない俺。
 恭司のように、ストレスが溜まり過ぎて発散する為に第2の人格なんて作ってしまうわけにもいかない俺は、どうしたら良いんだろう?
  
 
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